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つうかあ 作品解説

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注意:


 本作のタイトルはひらがな四文字ですが、日常系のゆるい作風ではありません。
 
 男性が一応は恋愛対象になっているので、受けつけない方も当然いるでしょう。
 特にラストですが、人によっては裏切られたと感じるかも知れません。

 百合が好きであろうとなかろうと、生半可な気持ちで本作に触れてしまえば、火傷どころか火だるまです。
 
 百合的な面に関してですが、キスやそれより先の描写があるわけではないので、
 恋愛的な分かりやすい関係ではありません。

 リアル寄りの演技が多く、物語を描く為にしっかりと不和を描いている為、
 癒しを求めるような目的で視聴するには不向きです。

 つまりフワっとしているのではなく、不和っとしているという事です。

 ですが清涼剤としてギャグのクオリティも非常に高く、
 視聴者のテンションを巧みにコントロールしています。

 タイトルから想像されるような作品ではなく、本作を全面的に楽しむのは難しいでしょう。
 企画自体はだいぶ前からあったようですが、SILVER LINK.の十周年記念作品ということもあり、
 ほとんど趣味で作ったような印象を受けました。刺さる人には刺さります。

 女の子たちの、それぞれに特別な強い絆が描かれています。




基礎教養:


  本作をより楽しむ為に、視聴しておくべきアニメを挙げておきます。
  『アンジュ・ヴィエルジュ』以外は、男性が恋愛対象として存在する作品から選びました。
  逆に本作視聴後には、以下の作品をより楽しむことが出来るようになっているはずです。


 1, 『アンジュ・ヴィエルジュ』

   人物を描写する為の見せ場となるシーンを最小限の繋ぎで連続させ、
   コメディ部分なども用いて視聴者のテンションをコントロールし、
   その上で必要な情報を確保した現代的で優れた構成を知る。
   感情や論理などを突き詰め、これ以上無い程に練られた濃密かつ緻密な脚本を学ぶ。
   短時間であっても記号にならない、捻り(ひねり)を加えられた人物描写や関係性を楽しむ。
   詳しくはBD-BOXに付属のブックレットを読むこと。
   
   紗夜と美海の戦いを通して、怒涛のような演出に慣れる。
   アゲハとマユカの関係を通して、いずみとなぎさの物語を読み解く。
   ステラと天音、カレンとセニアの物語を通して、まりあとゆりあの物語を読み解く。
   バトルものでありながら、バトルをしないで問題を解決するパターンを知る。(レミエルとエルエル)
   場合によっては、コンセプト部分をほとんど利用しなくても構わないということが解ります。
   また、コンプレックスや正直さといった点で、あいちゃんとねねちゃんの物語を読み解くのも面白いでしょう。


 2, 『神無月の巫女』

   ロボットやバトルといったコンセプト部分は添え物に過ぎず、人物を描く方が主体であるということを理解する。
   男性に恋したヒロインを受け容れられるかどうか、自問すること。


 3, 『スイートプリキュア』

   響と奏の関係を通して、ケンカップルの理解を深める。




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序文:


 “ 自分から分かろうとしない限り、何も得ることは出来ない ”  <『つうかあ』 第十一話より>


 本作品について多角的に解説していきたいと思います。以降はネタバレを含みますのでご注意ください。

 本作最大の魅力は、女の子たちの絆を描くことに特化して作品作りがなされている事です。

 他の美点としては、主に人物の精神的な面などにおいて、リアルさと理想化のバランスを備えているという点にあります。

 舞台設定で言えば、レース以外の際に公道をノーヘルで飛ばすのはフィクションとして気持ちが良いですし、
 特区ということで理由付けも十分に成されています。三輪扱いならノーヘルでもいいという説も聞きます。
 それに免許の年齢も現実と同じである必要はありません。TT開催期間中の定時においては、一般人のコース立ち入り禁止も指定されています。
 音に関して詳しいことは知りませんが、音響にも大変こだわっている点が称賛されているのを何度も見ました。
 
 精神的な面ですが、同性愛者でもない限り、年頃の女の子が異性に恋をしているのは自然なことです。
 私としては、理想を追求した男性排除系の百合が好みですが、
 恋愛対象としての男性が劇中に存在する現実味を伴う百合作品としては、最も好きなもの
です。
 ゆりとめぐみがケンカする際に見られるような、わがままで自分勝手な受け取り方、言葉遣いや会話の端々にリアルさがあります。
 もちろん、むつきちゃんのように可愛いらしいアニメ声で理想化された性格の子もいます。

 男性の存在をどこまで許容出来るかは人それぞれですので、無理をしてまで受け容れる必要はありません。
 個人的には、男性が紳士的であり能力が極めて高く容貌が優れている場合には、それほど気にはなりません。

 最終的にゆりとめぐみ二人の関係が振り出しに戻ったように見えるという意見もありますが、
 最終話で見せた二人の信頼こそが重要である為、もはやコーチが存在していようがいまいが私的にはどうでもいいことです。

 というのも、二人がコーチに恋をしたキッカケは、自分を理解してくれていたという事にありますが、
 コーチはドライバーとパッセンジャーの考え方を理解しているだけであり、
 女の子としてのゆりやめぐみ、ベティ・バーチャルを理解しているわけではありません。

 表面的な所ではなく深い所で、ゆりを最も理解しているのはめぐみであり、めぐみを最も理解しているのはゆりです。
 そして、そのことに普段の二人は気が付いていないというのが、百合的には非常に美味しいと言えます。

 なぜなら創作としての百合においては、当人達に自覚が無い方が、
 外側から観測した際に解釈や定義する楽しみが与えられるからです。
 その一方で、恋愛に発展しないことに対するもどかしさも生じます。
 しかし、それが二次創作や新たな作品作りへの原動力になることもあるでしょう。
 無論、恋愛描写を含むガチな百合の場合は、解釈はおよそ必要とはしません。

 話を戻します。
 
 めぐみが負傷した際や、大嫌いだと言われた際におけるゆりの反応が、普段は意識していないめぐみへの想いが発露する貴重な瞬間です。
 隠されているものほど、見えた時の喜びは大きいものだと考えます。また近くにあるものほど、その大切さには気が付きにくいものです。

 決勝レースでは、互いを信頼し切った全力のライバル達を相手に極限の状況下で勝利を掴み取りました。(勝つこと自体は重要ではありませんが)
 コーチの指導、むつきちゃんの機転やコースを知り尽くしているという点も大きいですが、
 それだけでは決して不可能な勝利であったと考えます。二人の互いへの理解と信頼が描かれた良いレースでした。

 他のペアにスポットが当たっていた際も、二人が通じ合っていることがそれとなく描かれ続け、
 他者との関わりを通じて通奏低音のように影響を与えていました。

    ※ 以下のゆりとめぐみは複合同順です。

   前提一, ゆり / めぐみ は、自分を理解してくれる相手が好き
   前提二, めぐみ / ゆり は、 ゆり / めぐみ を最も理解している

    結論, ゆり / めぐみ が最も好きなのは めぐみ / ゆり である

 以上の論理が成立します。更に両方を合わせると、ゆりとめぐみは互いを最も好き合っていると結論されます。
 論理で感情を説明する事は出来ませんが、短時間に伝えるには仕方ありません。

 二人がドライバーとしてパッセンジャーとしてお互いを理解しているだけと斥けるなら
 そうした捉え方も結構ですが、最終話では以下のセリフがあります。
 
 “それは……好きだから” “あたしも、走るの好きだから”
 “ゆりと走るの、好きだから” “めぐみと走るの、好きだから

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 ここに、友情以外の感情を感じ取るかどうかは人それぞれですが、私にはいくらか感じ取ることが出来ました。
 またその前に、めぐみがベティ・バーチャルの容姿をほめた時も、ゆりは単純にコーチのことで女の子として
 負けたくないというより、めぐみがほめたという点で嫉妬したと解釈することも可能です。(こちらは少々無理がある受け取り方ですが)

 演出として注目すべきは、最終話で回想において、灯台のもとでゆりとめぐみが互いを見つめ合っていたところです。
 表情だけでも愛しさは十分に伝わってきますが、OP映像とED主題歌のジャケットが仕掛けとして与えられていますし、
 他のペアを見ても分かる通り、本作では夕方や順光の空間演出は主に愛情を描く際に用いられています。

<夕方 / 側光・逆光>


※ 向きは光源が人物に対してです。以下も同じく

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<夕方
/ 半順光>

<夕方 / 逆光>
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<夕方 / 順光>
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<朝方 / 順光>
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<夕方 / 順光>
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<夕方 / 順光>
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エンディングCDジャケットより

オープニングより
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<夕方 / 順光>
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 想いのカタチは人それぞれであり、感情に名前をつけることは出来ないものではありますが、
 お互いを理解し特別に想う強い絆を愛と呼ぶのであれば、それは彼女達に相応しいものであると考えます。

 ことわざを用いて説明することは思考を放棄することになるので好きではないのですが、
 ゆりとめぐみの関係は、ケンカするほど仲が良い、灯台もと暗しということでしょう。

 それ故、ラストでまたコーチの取り合いを始め、再度クロスカウンターが決まり
大切だからぶつかっていくという事で、
 二人の関係が続いていくということが示されます。冗談めいてはいますが、二人の絆はフォーエバーということです。
 まおとひとみには失礼かも知れませんが、繋がっているようで繋がっていないのがまおとひとみで、
 繋がっていないようで繋がっているのがゆりとめぐみです。

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  みさき「それも
大切だからぶつかる!
  ちゆき「――これからもぶつかりましょう? 」
  みさき「ああ!」
  ちゆき「ふふっ……」
    ※ 別カップルの言葉ではありますが、作品を理解するキーフレーズです


 さて、分かってないなと言われるのを承知で一つだけ申し上げると、
 物語の締め方としては技巧に欠けるかもしれませんが、上の回想場面(灯台)を回想としてではなく、
 ラストに後日談として編集した方が遥かにロマンティックだったでしょう。それか何か別の美しいシーンを追加するなど。

 同性の幼馴染ということで、恋愛対象として明確に線引きした上で互いを認識するのは
 難しいですが、コーチに惚れているようで、本当に惚れているのはお互いだったという
 灯台もとぐらしカップルとでも呼びたいところです。嫌いだと言われてあれほどゆりが悲しむ相手は、おそらくめぐみしかいません。

 まりあとゆりあも、ある点で似た関係にある為、髪を切る際のロケーションが灯台近くだったのかも知れません。

 ゆりあとまりあの場合は男性がフェイドアウトしていきましたが、
 ゆりとめぐみの場合は男性が残っています。しかし結びつく可能性は退けられています。
 男性を排除してもしなくても、描き方次第では大丈夫だということでしょう。

 いずれにせよ、これらはどれも私の解釈に過ぎないので、読者諸賢が自分なりの答えを見つけ出してください。




本文:


  ※ 筆者の一人芝居です。つうかあな感じを若干出したかったのでインタビュー形式にしてみました

――月桂樹さん、本作はいかがでしたでしょうか? (以下“L”と表記)

L 「個人的に多少不満は残りましたが、とても楽しませてもらえました。流石はTTコンビです」

――そのTTコンビってなんですか?

L 「構成/脚本の高山カツヒコ氏と監督の田村正文氏、おふた方の名字のイニシャルをとって勝手にそう呼んでいます」

――ああなるほど、てっきりツーリストトロフィーの方かと。でもそれだといずれ片方が……って感じになりませんか。

L 「なりませんよ。余計なことは言わなくていいんで本題に移りましょう」

――進行役を奪われてしまいました(汗)

L 「さて、本作に対して寄せられた誤った批判、というか勘違いというか、そういった点を見ていくことにします」

 「まず本作は『つうかあ』というひらがな四文字のタイトルで、日常系を思わせます。
 ですので事前に情報を集めない一般的な視聴者はゆるいノリを期待して視始めてしまうんですよ」

――可愛い女の子がいっぱいいますしね。

L 「はい。まあ正確なデータがあるわけではないので私の推測でしかないんですけどね。
 衝突を重ねて絆を深めていくというのが人物描写主体の物語における王道ですが、
 相手とほとんどぶつからずに仲良くなっていく日常系とは構造からして異なります」

――なるほど。確かに本作では多くのペアがケンカしてましたね。

L 「本作の題名が、『本当は仲が良いけどケンカばっかりしている女の子たちが絆をレースで深めることに』
 みたいな失笑ものの長文でしたら筋違いの批判が起こることはあまり無かったでしょうね」

――今の発言で結構な数の人を敵に回したような……?

L 「かも知れませんね。まあそんなことイチイチ気にしていたら何も書けやしませんよ」

――これはまたずいぶんと正直ですね。

L 「それくらいしか取り得がないですからね。さて次の話題は題材についてです」

 「ひらがな四文字でも、日常系に見られる部活モノの文脈で受け取って本作を否定するのは誤りです。
 そういった作りにするなら、まず主人公は素人にするのが定石だからです。
 コンセプト部分の丁寧な導入や、技術的な成長過程ばかりを描いてしまえば、人物描写はおろそかになります。
 本作の第一話や最終話などで語られている事ですが、“私は私の世界で勝利する”というのは
 個人の役割にだけ当てはまるわけではないと考えます。一部の方は十分に理解されていますが、
 あくまで少女達の絆自体がテーマで、サイドカーレース自体はコンセプトに過ぎません。
 つまり百合作品として扱うべきであって、その括りであれば成功(勝利)しています。少なくとも私の観点からは。
 棚橋コーチに関しては後述します。ノーヘル問題についても後で扱います。
 レース部分も私のような門外漢からは特に問題はありませんでした。辛口系脳死レビュアーの言葉を鵜呑みにしてはいけません。
 全員ではありませんが、各ペアのコアとなるエピソードが十分に語られ、レースとの相乗効果が生じていました。
 レース中に回想が挿入されるのをイヤがる層は、人物描写にほぼ興味が無くレースが見たいだけの方達です。
 ニーラーという特殊な車両やその操作技術、特区の設定を説明したり、乗車時の見栄えの良さなどを含め
 様々な点での擦り合わせを行うことの難しさ。それは並大抵のことではないでしょう。そうした点を踏まえた上で、
 十二話という限られた話数の中、これだけの数の女の子同士のそれぞれに特別な強い絆を描くことが出来るのは、
 高山カツヒコを除いて他にはおそらく存在しません。実制作の時期や期間は知りませんが、
 『アンジュ・ヴィエルジュ』に続いて二年連続でこれほどのシナリオを上げてくるのは驚異的です。
 無論、脚本会議などを通しているだろう為、一人だけで物語を作り上げたわけではないのは分かっています。
 特に監督の存在は非常に大きく、その情熱は決してレースだけに注がれていたわけではないでしょう。
 当然プロデューサーや出資者の意向なども影響していると考えられます。
 本作は百合的には後世に語り継いでゆかねばならない作品の一つです。
 ですがこの水準の作品を解する事の出来る者は多くはない為、決して万人には勧めるべきではありません。
 私も十分には本作を分かっていませんが、その素晴らしさを感じ取ることは出来ているはずです」

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――ずいぶんと持ち上げますね。

L 「事実ですから。続けます」

 「本作はコンセプト部分が特殊で、一般的な人間には気軽に手が出せない代物です。
 マネしたいと考える視聴者であっても、実践に移すにはハードルが高過ぎました。
 “~してみた”といった形で拡散されることも無く、外から作品を盛り上げるのはほぼ不可能でした。
 メーカーやショップの協賛が付くわけでもありません。また本作はいわゆる美少女動物園でもなく、
 シリアスさだけを追求した全くの硬派作品でもありません。部活程度のゆるいノリでもありません。
 身内同士ではほとんど争わずに全国大会などに向かって爽やかに協力し合うわけでもありません。
 恋愛対象としての男性が存在していた点や、物語を描く為に不和をしっかりと描いていた為
 百合好きにとっても賛否が分かれやすいところです。
 ちなみに何を百合と見なすかという点では、常に戦争状態である為、語ることすら危険が伴います。
 それらの故に、自分達の為に作られた作品だと錯覚していた者達によって、
 これは自分の望んだものではないとして本作は攻撃され始めました。
 そうしてあら探しをするマイナスの力に対して、支えようとするプラスの力が上回ることもなく、
 否定的意見ばかりが目につき、それに引っ張られた者が
 更なる攻撃を加えるという悪循環に陥ってしまったのだと推察されます」

――……!腑に落ちました。題材選びはSNSやメーカー等との結びつきを考慮する必要があるということですね
それに広報にも細心の注意が必要だという事が分かりました。

L 「その通りです。ですがやりたいことをやらねば作品を作る意味がありません。クリエイター魂の見せ所と言えます。
 もしかしたら本作プロデューサーも、ビジネスマンというよりクリエイター気質なのかも知れません。
 頓挫せず企画が通り、本作が生まれてきてくれた事に私は感謝しています。
 本作はサイドカーレースを通じて絆を描くという点に関して十分に描けたので成功であり勝利しています。
 また最終話の逆転勝利は、多少尺が不足していると個人的には思えましたが、
 各話に配された伏線と劇的な演出が相まって手に汗握る展開でした」


――先ほどの“攻撃”という発言ですが、具体的にはどういった点を指すのでしょうか?

L 「<娯楽作品は娯楽作品として作るべきである>と私は考えています。
 ですから、個人的にですがいわゆる○○警察に過剰に配慮して作る必要は無いんです。
 誤りを指摘して悦に浸ったり腹を立てたりして専門知識を誇示するのではなく、
 娯楽作品として楽しむ余裕があって然る(しかる)べきでしょう。
 それに本作の描写に一般的な観点から別段の誤りがあったとは思えませんが。
 一般視聴者の抱き得る疑問に関しては、劇中においてごく自然な形でその解答が概ね与えられています。
 私はこれまでにADVゲームをいくつかレビューしてきましたが、“科学的エネルギー”だとか“生臭い鉄の匂い”
 などという表現があったからというだけでその古い伝奇作品を駄作扱いしたことはありません。
 作品の楽しみ方は人それぞれだと思いますが、娯楽作品を芸術作品として扱ったり、
 完全なまでに現実通りに描かれているかどうかばかりを気にするのは、とても不幸なことだと考えます」

――<娯楽作品は娯楽作品として作るべきである>、ですか。確かにそうですね。

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L 「ノーヘル描写に対する叩きなどはその最たるものでしょう。
 それに作画というか演出に関してもどこが不満なのかは解りませんが、サイドカーレースという
 前人未到の題材に対して限られたソースで十分な戦果を上げていたように個人的には思います。
 モーションキャプチャーを用いて絵作りの参考にしたり、日本レーシングサイドカー協会の監修や
 資料提供もあったそうです。また、サイドカーレースに精通した方なら
 各ペアの技量などが読み取れるような作りを目指していたと聞きます」

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 「最後にもう一度、百合的な面についてです。
 百合的な面で槍玉に上げられたのは、棚橋コーチが婚約破棄されて、再度恋愛対象に戻ってしまったという点が上げられます。
 ですが再三劇中で語られたように、レースとマシンにしか興味が無い朴念仁である為
 百合的には無害な存在だと私は結論しています。“あなたはマンではなくボーイよ”というベティの言葉通りです」

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 「後はギスギスしていると言われる点ですが、理想化(捨象化あるいはデフォルメ)をあまり行わず、
 割合リアルな女の子を描いて物語るなら自然なことのように思われます。
 私は理想化された作風の方が好みですが、男性作者による百合ですと、“こんな女の子は現実にはいない”、
 “中身が男っぽい”、“百合作品でも男性がいない(絡まない)のはおかしい”などと言った意見が上がりがちです。
 それらを考慮した上で、理想を捨て切らずに上手いこと擦り合わせたように思われます」

 「以上です。要点は注釈を加えて別に整理しておいたのでご確認下さい」

――本日はお忙しいところをありがとうございました。




問題ではない問題について:


 ・広報上の問題

  ひらがな四文字のタイトルは、現在一般的に日常系を連想させるが
  本作ではそうしたゆるい要素はメインではない。故にそれを意識的、あるいは無意識的に
  求めていた層によって、割とギスギスしている点が槍玉に上げられたのだと推察される。
  今作の不和は関係性を描出するのに不可欠な良性のストレスであって、
  無意味な悪性のストレスを視聴者に対して与えているわけではない。


 ・題材の問題

  サイドカーレースという特殊な題材であり、マネをしたがる層も気軽に試せない。
  つまり指をくわえて見ているだけであり、実践に移せない点が残念に思えたのかも知れない。    
  “~してみた”といった動画などを通じてSNSで拡散されず、存在そのものもあまり認知されなかったと考えられる。
  特殊な車両過ぎてメーカーやショップの協賛も付かず、後方支援が不足した。
  主に○いおん!や○くおん!!的な緩い日常を期待していた層や、
  作品作りにおけるお約束を解さず、脚本や演出に無知な者の一部に攻撃された。(自称レースマニアの一部も含む)
  説明された設定、伏線や前振りをまるで覚えていない者は論外。
  片手間に視聴するような手合いはそもそも批評する資格が無い。
  売れ線の作品を数撃てば当たる確率は高くなるが、それでは作る意義が無い。


 ・安全上の問題

  一部ノーヘルの問題について。これは主に可愛さを重視した結果であると考えられる。
  加えて、五感を通じてマシンの調子を確認することの理由は、第二話で語られている。
  仮にノーヘル程度のことで視聴意欲が減退するのであれば、そもそもフィクションを楽しむのに向いていない。
  宇宙空間での描写をほぼ無音にして宇宙の戦争を描いてもつまらないだろう。
  その他の危険性については、一般視聴者の関心の外にあると考えられる為、問題にはならない。
  某戦車アニメでは安全性に疑問が大いにあったが、人体への直撃コースであれば砲弾が直撃前に
  爆発するという設定でこういった問題を一応は回避していたらしい。
  ただし、砲弾以外の破片が顔面などに突き刺さる可能性も大いに残っている為、これは非常に危険である。
  そうした作品であっても、娯楽作品を娯楽作品として楽しむことが出来るのが、良識ある視聴者だと言える。


 ・作画上の問題

  マイナーな乗り物であり、実際に経験などした人間が作画スタッフに何人もいるはずもなく、
  取材コストが高い。ちなみに、田村監督と構成/脚本の高山カツヒコ氏は実際に乗ったらしい。
  京○アニメーションのような練度の高い正規兵揃いでもない限り、
  専門性が求められる特殊な分野で十二分の作画クオリティを達成するのは無理がある。
  無論、潤沢な予算(期間)でもあれば話は別だろうが。限りあるソースの中、サイドカーレスという前人未到、
  積み重ねの無い題材に対し挑戦して、崩壊もほぼ無く十分なクオリティを備えていることは讃えられるべきだと考える。
  レースに興味があまり無い筆者も、決勝レースでは画面に釘付けにさせられた。


 ・百合的な面での問題

  棚橋コーチがフェイドアウトすると思いきや、舞い戻ってしまう。
  しかも婚約破棄したことで恋愛的には一応フリーになっている。
  ゆりやめぐみと結びつく可能性が全く無いとは言い切れない状況に。
  しかし、ベティ・バーチャル(コーチの元婚約者)が言っていたように、
  “マン”ではなく“ボーイ”だということからして、レースにしか興味が無い朴念仁である為
  百合的には無害な存在だと筆者は結論している。はつねも数回こうした点に言及している。
  そもそも、コーチはゆりやめぐみやベティを理解しているのではなく、
  パッセンジャーとドライバーというもの普遍的に理解しているだけである。





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