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FLOWERS 冬篇 感想/レビュー

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本稿は、夏篇同様にレビュー精度が低いので注意。それなりに丁寧にプレイしたものの、まるで気力が湧いてこない。


◆序文:
(注意点、心得)


スクリプト演出の向上によって、主人公に対し、春篇よりも感情移入がし易いようになっている。

その理由は、恐怖や嫌悪感を、視聴者の感覚に対して
より直接的に訴えることによって、主人公の感じたものを共有させる事が出来るからである。

推理パートの問題数はさらに少なくなり、八つだけとなった。
その内の一つは共通要素二つをイラストから選択するものとなっている。
また、捨て選択肢がいくつかある為に難易度は下がり、総当たりは不必要となった。
いくつかある問題点については、簡単ではあるが」項にて扱う。

Chapter4の後半に至るまでは、秋篇同様の優れた構成だったが、それ以降は概ね先祖返りしてしまった。
ADVゲームにおいてはシナリオがメインであり、日常系でもなければその部分の欠点は無視出来ない。
その為秋篇以外は、日常系を楽しむような心持ちでプレイする方が良いだろう。(夏篇は幾分淡白だがそれなりの出来ではある)
ただし、秋篇は本編のラスト以降(ドラマCD含む)についてはロマンを重視した結果と考えられ、
現実主義的な捉え方をしてはならない。冬篇本編におけるこの二人の扱いに関しては、
個人的には悪夢でしかない。この点についても」項にて詳述。

最後までプレイした今だからこそ言えることだが、
シナリオにおける事件部分やミステリィ部分に関しては、某“正解率1%”作品と同じ問題を抱えている。
つまり読者自身の能力と意欲が高い程、より多くのダメージを受けるようになっている。
仮に、Intelligence × Motivation = Damage とするなら、被害が少ない者程、意欲や知性の乏しさを証明する事になる。
I = D/M とすると、知的であるにも関わらず被害が少ない場合、意欲が乏しかったということが示される。
M = D/I とすると、意欲的であるにも関わらず被害が少ない場合、知性が乏しかったということが示される。

このような有り様であるからには、深く傷ついた者達の魂をここで鼓舞する必要があるだろう。
己の力で謎を解き明かそうとした者よ、困難を恐れずに突き進んだ勇敢なる者よ、
最初から勝ち目の無い戦だったとしても、最後まで諦めずに戦い抜いた者達に対して言いたい。
たとえ形として残ることは無くとも その強さは 諸君の心に刻まれた 消えること無き勲章の一つである

さて、単なる後出し情報が推論の要を握っていたのだから、
誰一人として正確にシナリオ上の真相に辿り着けた者はいないだろう。
仮にそんな者がいるとすれば、それは単なる嘘吐きか神のどちらかである。
無限にある事象の中から、無理に都合の良いものを選び出すことの是非は、
リュック・ベッソンの『ジャンヌ・ダルク』後半で剣を手にする所が茶化して演出されている通りだ。
これはジャンヌが単に聖者というだけではなく、狂気も併せ持っていた事を示すものとして扱われている。
(映画で説明するのが概ね本作の流儀である為、あえてこの分かりにくい説明を採用した)

正直なところ、“幸せになって良かった”ではなく、“幸せになれて良かったね”という心持ちだ。
秋篇を終えた時は、スタジアムまで行って応援していたチームが優勝したくらいの一体感があった。
夏と冬は、テレビ越しに少し好きなチームが優勝を祝っているのを横目で眺めているくらいの感覚だろうか。
これは筆者自身の好みの問題というより、事件部分やミステリィ部分の理不尽さで
プレイヤーを作品世界から追い出してしまっているということ。

冬篇をプレイすると、一部のキャラが貶められた気になる箇所も少なくはない。
タネ明かしに至る道筋が粗い。中途半端にスマートさを優先して言葉を尽くさなかったことで、
真摯に作品に向き合った者達に対しての義理を欠いている。
いずれ画集で説明を行うらしいが、筆者個人としては譲葉とネリーの二人に関しては
秋篇で完結している為、たとえ公式であってもそちらも同人扱いすることになるだろう。

説明過多になるのは問題だが、舌足らずになるよりは良い。最も良いのは、
シナリオの理解に不可欠な情報を、物語の中で、相応しい時に、然るべき場所で、
適切な仕方において、必要十分な分量で配することである。

しかしながら、四作で合計八十時間前後にも及ぶ長大な作品において、
それを成し遂げるには絶技が求められる為、妥協が生じるのは仕方無い。

これまでにもだいぶ厳しいことを言ってきたが、秋篇をプレイして以降
本シリーズを心より応援しているのはこれからも変わらない。

以下、ネタバレは「脚本」、「他」、「後記」にて。

記述にミスがあるかも知れないが、プレイし直す気力は失せている為、今後修正するかは未定。
意欲の低下は著しく、満足にレビュー出来てはいないだろうがこれで十分とする。



◇:攻略


 プレイ時間目安:約二十五時間

 http://seiya-saiga.com/game/innocentgrey/flowers4.html

 この度もお世話になりました。



簡易表:


冬編は単独ではなく、主に春篇の帰結として総合して判断。秋冬は夏篇の後日談的要素もあるが、その点はここには含めない。
今までにプレイしたADV作品の中で最も判定し難い。今作は、もはや何にどれだけ着目して判断すべきか筆者にも分からない。
真相に至る部分を重視した場合、六段くらい脚本評価は下がってしまうかもしれない。

以下で取り扱うことは無いが、今作はバッドエンドの中にも一つだけ面白いものがあった。

脚本 (what to tell 何を描くか)

  グランド
立花
物語 A- B
構成 B- B-


(※一.物語とは、世界の変革、個人の心境変化、それらの変化量。描出すべき事象の過不足の無さ)
(※二.構成とは、物語を描く為の適切な場面の配置、伏線、起伏、溜め、ミスリード、小道具の使用等)


演出 (how to show どう描くか)

  グランド 立花
脚本的 A- B
作画的 A+ B
音響的 B+ B
スクリプト A+ B+


(※一.脚本的演出とは、見せ場を指す。出会い、別れ、愛情、信頼、危機、対決、和解、真実の劇的発露)
(※二.作画的演出とは、印象的な絵。構図、背景、表情、所作、衣装、色、光、象徴、対比、レンズ効果等)
(※三.音響的演出とは、音楽と効果音の使い方。挿入歌は含むが、演技とシステムボイスは含めない)
(※四.スクリプトとは、画面効果を指す。アイキャッチ、ワイプ、暗転、立ち位置や表情の変化等も含む)




◆脚本:
(シナリオ、構成、テキスト、表現)


シナリオ全般について。

“マユリは助けを求めている”とはなんだったのか。事情を言えば済む話だろう。

散々危険だと煽っておいて、老婆に幸福な夢を見せる為だというのは無理がある。
春篇での双子の狂言も大概だったが、それに輪を掛けたのが今作である。

バスキア一族や淡島神学校、新キャラや新情報が矢継ぎ早に出過ぎだ。
読み手を突き放し過ぎて作品世界から追い出しにかかっている。
推測可能な程度の伏線も張らず、冬篇の後半のみに情報を集中させ過ぎている。
夏篇でのクライマックスで、新規のバレエ用語を乱発していた癖が再発している。

まだ画集での説明が残っているとはいえ、矛盾を孕んだツギハギだらけの設定ならば意味は無い。

言い方は良くないが、これまでの一年を振り返るとダリアはサイコパスとしか思えない。

構成について。

“彼”という語に傍点を付け、テキスト上で強調することによって伏線と成していた。
こういった事は小さいけれど実に大切な仕事だ。

石蕗さんが立花を思って蘇芳を責めるというくだりが、
烏森先生が秋津栞さんを思ってネリーを陥れたことへの前振りとなっている。

一つ目の推理パート一問目の問いに対して、
立花への想いを抱いた石蕗さんや、蘇芳の父と義母の関係などが前振りとして作用しているのも良い。

マユリとの再会シーンについてだが、割と唐突であった為、特に感情を突き動かされることも無かった。

脚本について。

譲葉が一年生の時に行った、捏造された手紙の筆跡鑑定。
これを十分に可能としたのは、単なる技術によるものではなく、
ネリーへの想いが顕れた(あらわれた)ものだと考えると、個人的に美味しい。
(譲葉にとって、ネリーが書いたのなら、ただの文字ですら愛しく思えるのかも知れない)

トリュフチョコのくだりで、苦みの後に甘さが広がるのを、
立花との関係に喩えていたのは、春篇に対するフォローになっている。
立花の脅迫や沙沙貴姉妹の狂言について、十分に名誉は回復されている。
筆者個人としては、春篇でのこの三人が好きではなかったが、今ではとても魅力を感じている。

博識でない千鳥の存在が、一般的な読者の受け皿になっている。
彼女が疑問を口にすることで、知識をひけらかす事無く、
自然な形で蘇芳やえりかが答えることが出来る。そして、読者に必要な情報が与えられる事になる。

えりかが実は蘇芳を愛しているとのことだったが、それは友人として人間としてであって、
恋人に抱く想いとは別モノと考えられる為、筆者はそれほど気にはならなかった。
千鳥とえりかに対して特に感情移入していて、その上あまり
寛容ではない者の場合、怒りを覚えることもあるだろう。

人物設定の掘り下げが見られたのは良かった。



◇演技:


えりかの物真似をする林檎。そっくり過ぎて筆者は軽く呼吸困難に陥ってしまった。
あれは林檎先生と呼びたい。イントネーションも完璧なまでに再現している。



◆演出:
(スクリプト、画面作り)


夢の中を演出するのに、モノクロとノイズを使用。

瞬きのバリエーションが増えた。ウインクして口も動かしたりなど。
徐々に焦点を合わせるのも冬篇からか。右往左往したりも含め、
どれも適切な範囲内でなされていた為、非常に好印象だった。

義母関係以外では、サンドリヨンの演劇の際における変身が目を引いた。



◇作画:
(キャラクターデザイン、原画、塗り)


やはり表情が良い。どのあたりがどう良いか言葉を尽くしたいが、
もはや考えるだけの気力が無い。以下の三項も同じく。



◆音楽:


グランドフィナーレの三重唱は本シリーズの集大成と言える。



◇効果音:


新規のものがいくつか増えていた。



◆背景:


高品質で特に言うことは無し。



◇システム:


前作との違いはおそらく無い。






ミステリィパートの粗を簡単に挙げておく。見落としがあるかも知れないが、
精査するだけの気力が湧かない。読者諸賢が自ら考察することを願う。

二つ目の推理パートについて。

姿無き告発者の言を信じる教師陣は、魔女裁判でもしているつもりだろうか。
ただし、この点に関してダリアだけは差出人が譲葉だと知っていそうなのが確認出来る。
いずれにせよ、これを蘇芳が追及しないのはどう考えてもおかしい。
命が狙われる訳でもないのに、まるで証人保護プログラムだ。

これに関しての一問目は、蓋然性が十分に高い為問題無し。
近くでないと顔がおよそ視認出来ない事、遠くからでないと色を錯覚しない事、
これらが同時に両立し得ないが為に矛盾へと導かれ成立する。

(時間的に前後させれば崩すことは出来るが、その可能性は低い。
近くで顔を認識した後で、離れた所で学院指定のコートを着れば、両立可能ではある。
しかしコートを着るのは教室がほとんどだろうし、外に出てから着るにしても
寒さから時間を空けることは可能性としては低い)

三問目。“送り手が私と彼女だけしか知り得ない情報を混ぜている”とあったが、
マユリがタルパについて知らないかどうかは定かではない。また実際ダリアもそれを知っていた。

トナカイのくだりだが、これは一般的に知られていない知識が要求される為、
春篇夏篇と同様に原則を無視している。

二つ目の推理と三つ目の推理パートの中間であるChapter5について。

二度目の侵入の初回は譲葉とネリーに阻まれ未遂。

二度目のダリアの部屋への侵入(未遂ではなく)について。 

監視の目は二人だけとは限らない、二人が別行動する可能性を考慮する必要がある。
えりかの作戦はシンプル過ぎてて通用しないとは思われるが、譲葉とネリーは手を抜いていた。
二人が本気で敵対したと考えていたえりかと蘇芳は、二人を信じ切れていなかったと言える。
最初から最後まで信じ切っていた林檎と苺の存在によってフォローされてはいるものの、
えりかと蘇芳は強引なシナリオの犠牲になったと言える。筆者は譲葉とネリーに対して最も
感情移入していた為、蘇芳とえりかに対して不信感が若干芽生えてしまった。(ダリアに関しては言うまでも無く)

三度目の、ダリアの部屋への侵入について。
一度侵入されている以上、重要なものを置いておくわけがない。
こちらも手を抜いていたと言われればそれまでだが。
(Chapter4推理パート2にて、手紙のことでダリアは侵入された事実を知った)

三つ目の推理パートだが、“シオン”からユダヤ教は簡単に連想され得るし、
六芒星もあるのだから常識として扱い得る。故にこれも特に問題ではない。
詩篇の内容については常識外だろうけれど、消去法で解答することは可能。


譲葉とネリーについて。

秋篇で学院を出た後の譲葉とネリーは、生活を始めるにあたり、たしかドラマCDにて
“少し人には言えない方法”を使ったという譲葉の独白があった。個人的にはそれで十分だった。
駆け落ちは確かに地に足は付いていなかったが、ロマンがあった。

万が一この、“人には言えない方法”を詳しく語り出してしまえば、
現実に引き戻され白ける、冷水を掛けられて酔いが醒めるだけだ。
また駆け落ちの前後において、学院との何らかの取り引きがあったと語るのも同じこと。
(画集で後に説明を行うのは別に構わないが、個人的には冬篇はパラレルワールドとして捉える予定)

かの「いばらの森」を超越し、現実を超えたところに秋篇の価値があった。

春にただの狂言で他人を振り回した双子の事件と違い、譲葉とネリーには覚悟があった。(筆者個人の主観)
前者については現実主義的な描写(説明)を採用すべきだが、後者では冬以降も理想を取るべきだった。

ただし、譲葉とネリーを冬篇でシナリオ上の駒として扱ったのが最大の問題であって、
現実に引き戻された以上は、現実的な説明を与えるべきだと考える。

以下は不満な点について。

・譲葉とネリーを、えりかや蘇芳が信じ切れていなかった点
 ※ これが個人的には最も残念
・譲葉とネリーが、検査を受ける程だったえりかを放置した点
 ※ 結局は保険医に診させてから医者に引き渡すのだから、見守る必要は無いけれど
・譲葉とネリーが、理由があったとはいえ使役されている点
 ※ 逆に弱みを握り返すくらいしてやればいい(それを直接描いてしまうのは決して美しくないが)
・譲葉とネリーの事情が明かされなかった点
・譲葉が春篇で殴られた理由が明かされなかった点

繰り返し述べるが、譲葉とネリーの物語にある種の理想を見出していた場合、
冬篇のシナリオは看過出来ないものがある。

某所で勘違いしている者を見かけた故、念の為に注意しておく。譲葉が
えりかの蘇芳へ抱いている想いについて語った際の事だが、
譲葉はえりかの部屋に実際に侵入してノートを読んだわけではない。
優れた洞察力から心を見抜いただけだ。ノートとは単なる比喩に過ぎない。



◇結語:


シナリオ(主にミステリィや真相のタネ明かし部分)に関してかなり期待外れな所はあったものの、
相変わらずキャラは魅力的で、絵も音楽も高品質。

あまり嬉しくはない扱いだったが、譲葉とネリーの姿を見て声を聞く事が出来たのは良かった。



☆後記:


ネリーの髪飾りを付けた譲葉は美少女度が上がっていますね。
シュシュの色もネリーを思わせます。譲葉の声優さんが声の調子はあまり良くないそうですが、
本作は冬ですので風邪気味だと思えば個人的には気になりません。
クールなネリーも素敵でした。声優さん作のミニドラマでは、笑い上戸なところがネリーらしくてとても可愛かったです。
他の方もそうだとは思いますが、
キャストコメントを聴いても、お二方は本当に自分達の演じた役が好きなんだろうなと伝わってくるようです。

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