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FLOWERS 考察 草稿

2017/10/15:

本稿は冬篇発売前に行った考察。
ここへ訪れた者に注意しておく。意欲と能力を併せ持った読み手は既に存在しない。
誰かに考察してもらおうと考えているのなら、それは無意味だ。
半端な覚悟で本作を理解しようとすれば、
燭光に群がる羽虫のようにその身は焼け落ちる事になるだろう。


前書き:


主にマユリの残した絵、幼いキリストを抱いた聖ヨゼフを中心に据えて考察する。


これらは未確認な事柄も一部あり、ミスリードが無いとは言えない為、
確証は得られないが、その点は留意されたし。ここでの考察は、正に砂上の楼閣に過ぎない。

しかしながら、読者諸賢の考察に何らかの寄与が出来たなら幸いである。



更新:

2016
6/28: 考察一 秋篇・本編とエクストラ、夏篇エクストラを中心に考察
 〃 : マユリの残した三枚の絵画について修正、夏篇ヨゼフ座の人影について付記
7/01: 考察二 春篇・夏篇・秋篇のパンフレットを考察対象へ
 〃 : 前提の文言を修正、真実の女神について追記
7/02: 考察三 アミティエ再編および消失条件について
7/03: 退学の口実について修正
7/22: 春篇・夏篇のファンブックを読了。考察に役立つ箇所は無し
7/23: 考察一に追記と若干の修正。譲葉の言う蛇、ダリアに見た影について追記
7/24: 考察二にセイヨウハナズオウについて追記。更新における文言を一部削除
7/31: アミティエ制度三人組への理由を付記。聖アングレカム学院の説明を引用
8/12: 考察四 血塗れメアリー、真実の女神について
8/13: 花嫁修業について付記

〃 : 考察五 もう一人のフックマン、損なわせるの意味について
8/18: 考察六 アミティエ三人制の理由、学院側の思惑について
9/09: 考察七 方喰寮長について
9/10: 考察一に追記。予想 / 方喰寮長が事件の実行者、学院長が指示者

〃 : 考察八 黒幕について
11/15:夏篇におけるえりかの独白を考慮し、若干の修正

2017
10/09: 冬編Chapter5までプレイ済み。考察一に添削。以下の文を考察七に付記。
     (疵の無い作品というものは存在しないし、本シリーズが“玉”である以上、
     他の多くの作品より遥かに魅力的である。本作は百合だが、刺があっても薔薇は美しい)



注意:

ここで行う考察が破綻する理由としては、筆者のミスの他、ライターが真実を決めていない場合、
パンフレット・ファンブックが、本編から独立している場合、
本編・パンフレット・ファンブックがミスリードを含む場合、等が挙げられる。


考察一:


アガぺのタルパ = マリアが踏みつけている蛇

無限の愛(アガぺー) ⇒ 同性愛を含む

焼け落ちた聖堂で行われていた特別な儀式 ⇒ 
愛し合う少女達に対し、ダリアの養父(神父)は祝福を与えていた?

同性愛を祝福する者を、カトリックは基本的に認めていない。

ニワトコの木 ⇒ 不吉の象徴(ユダが首を吊った等)

ダリアの養父の墓標はこの木の下にある。 ⇒ シオン=バスキアのものと判明

(↑と↓は冬編プレイ後に取り消し線を追加)

(仮にダリア本人の墓であるならば、霊的な死を表している可能性がある。
劇中では語られる事は無いが、現在のイタリア辺りには昔そういった教団があった。
ちなみに、学院における生徒の年齢と学年の対応はイタリア式。春篇のレビューにて言及済み。
おそらくは、方喰寮長か誰かへの恋心も同時に封印したとも捉えられる)



アガぺのタルパ ⇒ ダリアの養父?


譲葉曰く、タルパは悪魔。

悪魔 ⇒ 反カトリック? (同性愛を祝福?)


私がかつて経験した“蛇”は、近付く者に容赦はしないだろう。


これの指す所は、譲葉殴打事件のことだろうか。ここに挙げられた“蛇”とは、
タルパではなく、単に藪をつついて蛇を出すことを意味するミスリードだと筆者は考える。



秋篇プロローグにて。

林檎が聖堂に向かう際、学園で以下の独白が為された。

暗がりに浮かぶ学院は巨大な男が跨っているように視えた。


プロローグ後、譲葉の自室にて。

譲葉 「……いや、この匣は学院」

何故そんな連想をしたのか?
自問するとおのずと答えは出た。この学院へと通じるもの。

それは――

高い壁をもって私たちを“庇護”しているということだ。
高い壁に囲まれた学院。

だがその実――


上述の事が示唆しているものは、おそらくは男性の視点(都合)。
つまり、学院は本来少女達を結婚するまで汚れないままにしておく為の装置。
しかしまた、少女同士で愛し合われては婚約に支障を来す。
“庇護”というよりは、管理という感じだろうか。(卒業と同時に結婚という考え)


春篇冒頭より。

“聖アングレカム学院”

明治三年に建てられた由緒正しいミッションスクール。
良家の子女が通う、いわば花嫁修業のような場所



春篇chapter3より、料理を学ぶ事について。

立花 「確かに誰かに振る舞おうと思えば、頑張って凝った料理も
    作るものね。 でも、この場合料理を学ぶのは……」

 苺 「まだ見ぬ旦那様のための練習じゃないかな」

苺さんらしからぬ発言に、おお……とこまれた女子からぬ
感嘆の声があがる。 調理を続けている部員の方もどこか照れているよう。

立花 「花嫁修業の一環としてね。 それなら分かるわ」



春篇chapter5より、学院を去った理由について推測する蘇芳。

蘇芳 「だから例えば……家の人がやっぱりここじゃなく
    日本風の花嫁修業を教える学院で学ばせたいだとか……」



いずれ男性に嫁がせる為に花嫁修業をさせて、
女性が好きになりました、では家の人は困ってしまう場合が多いだろう。



春篇において、蘇芳と立花が交際宣言をした事があった。(偽りではあったが)
学院側が動かなかったのは、それを嘘と見破っていたからではなく、
秋篇での三角関係の者達と同じ条件であったからだと考え得る。


それは、全くの推測でしかないが、異性の婚約者がいるかどうかであると筆者は考えている。
(こうした事柄について、劇中で言及されたことは無い)

(追記:2016/08/18 学院側は、蘇芳と立花は恋愛関係にはない、と見抜いていたと思われる。考察六より)



ちなみにダリアが空っぽというのは、秋篇風に言えば、ブリキの木こりの心臓が無い状態。
換言すれば、心が無くて恋が出来ないことを意味していると思われる。恋心を向けていた相手は、片喰寮長が濃厚か。



夏篇でマユリの絵画が三枚であるのは、譲葉が夏篇における写真のくだりで言ったように、
モンタージュとして読み解くべきなのかも知れない。残りの二枚は受胎告知と、ナザレのヨセフ。

絵画に残されたマユリのメッセージである、マタイによる福音書 第六章十節、
「天に行われるごとく、地に行われるように」という事の意味は、
天における神の意志を地上において体現すること、等と解釈されるらしい。
そうした意味でマユリが用いた訳ではないだろうけれど。

ここに蘇芳が見出したのは、以下の通り。

蘇芳 「マユリは救いを求めている――天でも地でも、
    等しく御心が届けられますようにと。この学院を
    天とするなら、今居るのは地――?」


これの示している事は判らない。ここで言う“御心”とは何か。
蘇芳とマユリの間にある愛情の事だろうか。


また、三枚目に描かれた、幼いキリストを抱く聖ヨゼフは、
キリストより、ヨゼフの役割が中心的な意味を成しているのだと筆者は思う。

ヨゼフは童貞者の守護者を表している。
(ここで言う童貞者とは、女性をも含む)

つまり、学院の庇護とは、ヨゼフの守護を指すと考えられる。

“Virginum custos et pater, sancte Ioseph,
cuius fideli custodiae ipsa Innocentia Christus Iesus
et Virgo virginum Maria commissa fuit; ”

“童貞者の守護者にして、父である聖ヨゼフよ、あなたは純潔そのものであるキリスト・イエズスと、
おとめの中のおとめである、マリアの忠実な守護者としての使命を委ねられました。”
(引用元: http://blogs.yahoo.co.jp/sacerdosaeternus/folder/417897.html?m=lc)

蛇を踏むマリアの守護者であるという事は、アガぺのタルパとは対立関係にある。


譲葉が庇っている者(殴打事件犯人) ≒ ダリアが庇っている者(もう一人のフックマン) ≒ ヨゼフ(庇護者)


(庇っているというよりは、何らかの理由で真実を告げる事が出来ない?
譲葉がそうしている理由は、ネリーが“損なわれる”為らしい。考察五より。
ダリアがそうしているのは方喰寮長の為か)

(方喰寮長が実行者で、学院長がそれを指示したと考えるべきか。
つまり、筆者がヨゼフと呼ぶ者は、学院長であるということ)


この学院では、マリアが蛇を踏みつけていて、マリア=女神という捉え方をしている。
真実の女神は、蛇を踏み付けるマリアとは別。同性愛を認めている女神が別に存在する?

夏篇エクストラのラストより。

――この学院には聖母以外のマリアがいるのですね。
             “真実の女神”が


秋篇のいつかより。(メモを取るのを忘れた)

譲葉 「この学院には神がいる。 もう一人の女神が」



外見的に女神のイメージがあるのはネリネとダリアだが、前者は秋篇で真実の女神とは異なると判った。
消去法でダリア以外にはありえないと思われる。方喰寮長と付き合っているという噂も出ているらしい。
ここに来て新しく別のキャラを出すのは、どうにも締まらない。やはりダリア=真実の女神としか思えない。


譲葉がダリアに、これまでに好きになった人はいるかと問うた事があった。

自分には神がおられると言って誤魔化した場面。

瞳の奥にかかるカーテンから、
神聖ではあるが何か怖ろしい尾が覗いた気がした。
目にしてはいけないものだ。


これは蛇の尾のようにも感じられるが、上述した譲葉の“蛇”とは無関係。(藪蛇)
タルパが蛇だから、その尾であるとも考えられる。

宗教的な神に対する背信が、おそらくは根底にある。
方喰寮長と付き合っているという噂と合わせ、その関係はカトリックの教えに背いているのかも知れない。

そんな彼女が教えを説いている矛盾に対し、譲葉は危うさを感じたのだと思われる。



他には、寮長・学院長・養護教諭の三人が、冬篇のシナリオに大きく絡んでくるかも知れない。特に前の二人。

春篇chapter5より。

ネリネ 「私たち……譲葉と私は一度に七名が辞めるという事に
     疑問を抱いて、色々な人たちから話を訊いたわ」

    
「すると、主に学生以外からこの学院にまつわる
      怖い話を聞いたの。 それが先ほど言った七不思議ね」



未着手の謎

・アミティエ制度を三人一組へと変えた理由
・譲葉が一年生だった頃、三年生が一斉に退学した事
・ネリーが血塗れメアリーの儀式を行った時に感じた“親密な空気”
・マユリが聖母役に選ばれた理由
・真実の女神による消失が、誉れとされる理由
・夏篇における、ヨゼフ座の人影
・マユリの残した絵画の、単独的解釈・モンタージュ的解釈




最終的に、全ては本作のキャッチコピーである、

女の子を好きに為ったらいけないんですか?

に集約されることになるのだと考えられる。


今後も時間が取れ次第、考察を重ねていきたい。




考察二:


・パンフレットについて


春篇のパンフレットには、以下のようにある。 (視点は蘇芳)

白く剣を思わせる墓標の隣には寄り添うように
ニワトコの樹が生えていた。そう、彼女の樹だ。

そして――

桜色に塗れた墓所で佇む少女は私へ、

――やっと見つけてくれたんだね、嬉しいよ。蘇芳。

万景の中、桜の中に咲いた百合の花弁は、そう私の名を呼んだ……。


ニワトコは、ユダが首を吊った木であると言われている。
セイヨウハナズオウという説もあるらしい。

ここで、秋篇のパンフレットと合わせて、
ニワトコ → セイヨウハナズオウ → スオウ → 蘇芳 → ニワトコの君
と解釈するのは、春篇パンフにおける文章の構造上無理がある。

(追記:08/12 ニワトコの君について一週間前に考察。結論としては、上の文章構造は無視することに)

挿絵において、マユリは制服を着ている。
“見つけてくれた”という言葉から、自分から現れた訳ではないと思われる。
夏篇パンフレットと併せると、もはや学院の中に居るとしか考えられない。

(幽霊説は除外する。それだともはや別作品だろうから。
聖アングレカムの百合霊さん、ニワトコの百合霊さん……)


夏篇のパンフレットには以下の通り。 (視点はマユリ)

鳶色の瞳には扇情的に映った。
頬を染めながらも怒った風に咀嚼する八重垣えりかへ問う。
“味なんてするわけがないだろうがよ”と呟く八重垣えりかへ
アミティエは艶然と微笑んだ。

陽射しの所為だけではない顔を赤らめた八重垣えりかは
“残り食べていいぞ”と告げると、
アミティエを置いたままダイニングルームを後にした

私とグラスに映った考崎千鳥だけが残った


“夏月の強い陽射しに照らされた”との文言から、季節は当然夏だということが判る。
二年目の夏という可能性を見出すことは可能だが、秋篇パンフにあるように、
蘇芳は幸福な日常の中にあるという。(一年目の秋の時点で)

マユリは学園に存在し、えりかと千鳥はそれを知っている?
それどころか、割と普通に出歩いているように思われる。
ダイニングルームのような、人の出入りの多い所にマユリが居るという事実。

(追記:08/12 えりかは真実の女神について何か知っている可能性がある。
これは考察四で後述。下記の解釈γの可能性についても考察四にて)

もしかすると、蘇芳だけマユリが学院内に居る事を知らない?
何というか、これだと人間不信になりそう。

マユリは能力者で、姿を変える能力を持っている
真のシェイプシフタ―……という冗談は置いて次に移ろう。

“私とグラスに映った考崎千鳥だけが残った。”の解釈はどうすべきか。

α, マユリと千鳥を並列すると解釈 ⇒ 私と(共に)グラスに映った考崎千鳥

β, 独立して解釈 ⇒ 私と、グラスに映った考崎千鳥だけが残った
γ, 単なる婉曲と解釈 ⇒ 私と考崎千鳥だけが残った

まず、αとγの場合。
マユリの姿は、えりかと千鳥に視えている可能性が高い。
(互いに何らかのやりとりをしているのかは判らない)

次に、βの場合。
マユリの姿は、えりかと千鳥に視えていない可能性がある。
(一方的にマユリが視ている。マユリ様がみてる……)


秋篇のパンフレットには以下の通り。 (視点は譲葉)

寮へと続く道を行きながら、私はニワトコの君へと祈る。
どうか変わらぬ幸せな日常を壊さぬようにと――。


マユリは変わらず幸せな日常の中にあるらしい。この日常とは何を指しているのだろう。
蘇芳との再会を果たしていないままで幸せと言えるのだろうか。


(追記:08/12 “日常”とは春篇chapter6以降を指す、上記はマユリではなく蘇芳)

春篇chapter6冒頭より。

これから始まるのはエピローグを迎えた後の――
延々と続く日常の始まり



話をパンフレットに戻そう。

この時の譲葉とネリーは寮へと戻る途中であり、

ネリーとともに語る他愛のない会話。
彼女との語らいは胸の深い部分で、私を幸福にしてくれる。
だが、そいつを気付かれては為らない。何故なら――


とあるように、トゥルーエンドで学園を出る前だと判る。

(秋雨だけでも判るが、譲葉とネリーは二年生だから、
トゥルーエンド後の新年度に復学した可能性も微かに見出せると考えてのこと)




考察三:


・アミティエ再編、消失の条件



非アミティエ間で、カップル成立 ⇒ 不問
アミティエ二人制時代、カップル成立 ⇒ 不問
アミティエ三人組内で、カップル成立 ⇒ 不問 または アミティエ再編成

(非アミティエ間で不問とされた例は、譲葉と林檎。
ただし、善意の狂言が無ければ、気まずさから自主退学に追いやられていた可能性もある。
他には、譲葉とネリーが一年の時に、二人は噂になっていたらしい)

(三人組内で不問とされた例は、春での蘇芳・立花交際宣言、石蕗嬢達のアミティエ間の関係が挙げられる。
後者は今後にアミティエ再編、あるいは追放の可能性ありか)


関係が一線を超えた ⇒ 消失(追放、あるいは学院内に存在?)
この場合、部屋が監視されている事になって人権が損なわれる為、この線は無さそう。

(追記:08/18 面談と観察によって、恋愛関係かどうか見分けていると推察される。考察六より)


怪異は、退学の口実にする為の装置でもあるのは確定しているが、
そう説明した譲葉と異なり、蘇芳は疑問を抱いている。
同性愛者の追放・学院の真実を知った者の追放(生徒会長を除く)に用いられている可能性もある。

学院の真実を知る ⇒ 危険に晒される
(譲葉は直接被害に遭った。故に蘇芳の身を案じる譲葉)




考察四:


・血塗れメアリーについて


蘇芳達のクラスでは五月下旬までに五人去っていて、
譲葉一年時(去年)は、三年生が夏に七人去っている。


メアリーの際に、学院を去った者達の理由として語られた論理を以下に簡単に示す。


ホームシックか、校風が肌に合わなかったのだろう。

⇒ 一年を通して辞めた者が出るのであれば、違和感は無いが、
短期間に多くの者が辞めるのは不自然

⇒ 譲葉一年時(去年)の夏に、当時の三年が七人辞めた事から
どちらも理由にはならない
(校風が会わない事やホームシックが理由なら、もっと早くに去るだろうということ)


装置(辞めた口実)として用いたのだろう。

⇒ それなら理由はいずれ分かり、噂は広まらないだろう

⇒ メアリーの儀式で恐ろしい体験をしたのが理由だろう

(蘇芳は譲葉に説明を受けても、納得がいかない。
譲葉は、最初にウェンディゴ・シフター・メアリーの三つは
知っているとし、真実の女神については隠していたフシがある)


ネリーが真実の一端を知っている可能性について。春篇chapter5より。

ネリネ 「本当に何かを見たのかもしれないとは思ったわ。
     夜中の二時……一人きりで恐ろしい儀式をするのだもの」

    
「怖くて怖くて仕方ない筈なのに、 何故か親密な空気が其処にはあった」

「恐ろしさではないけれど、あの場で酷く奇妙な心持ちになった
私には何が起きてもおかしくないと感じたわ」




・真実の女神について


聖母祭を七不思議として組み込む事について。

ネリネ 「私も聖母祭という聖なる日が七不思議として
     組みこまれているなんてと思っていたけれど――」

     「お祭りというものを日本的な捉え方をすれば、
     あまりおかしいことではないかもしれないわ」


蘇芳 「もしかして……鎮めるという意味で、ですか?」

ネリネ 「やっぱり詳しいのね。 そうお祭りは神社に奉っている神、
     その土地の地鎮、もしくは悪しきものを祓うという意味合いもあるわ」

えりか 「それって悪いモノが居るっていう前提だものな。
     聖母祭も、祭ってところだけ抜き出されて――」

     「日本的風習から七不思議の一つとして組み込まれたのかね」

ネリネ 「良くも悪くも何でも受け入れるのがこの国の風土だから。
      聖母祭は祝福の為のものだから日本的お祭りとは別種だけれど……」

     「八重垣さんの推察通り、お祭りというところだけを
      抜き出され加えられたのかもしれないわ」


消えるのが祝福とされている事から、悪いものを祓う(追い出す)のではなく、良いものを追い出す。

つまり、祓う(追い出す)という部分は日本の祭から、
祝福するという部分は西洋の祭から、それぞれ取り出した。
良いものが祓われ(追い出され)、祝福を受ける。


えりかはネリーとの会話から、何かを見出したようだ。

春篇chapter6より。

えりか 「そうか……。 消えたとしても
     それはそれで筋が通るのか……」

ネリネ 「消失してしまった方が喜ばしいとなるわけだから」

……どうやら大切な部分を聞き逃していたらしい。


えりかは何かを捉えているらしい。
考察二で行った、夏篇パンフレットの解釈と併せると、
えりかと千鳥は、マユリと普通に過ごしている可能性がある。

追記:11/15 夏篇におけるえりかの独白にて、マユリがどうしているのか知らない様子。



春篇chapter5より。

ネリネ 「攫われるという事象で一つ思い出したの。
     これは消えてしまうことが誉れなのだけど」

 

ネリネ 「この学院では毎年六月に聖母祭を行うの。
     その聖母祭で聖母役に選ばれた生徒は
     神の御許へと旅立つのですって」

マユリ 「その言い方だと消える以前に
      亡くなるような気がしますね」

ネリネ 「本当に気高く崇高な少女だけが選ばれ、
     連れて行かれるそうよ。 まぁ、これも噂なのだけどね」



神の御許というならば、そこが天の筈だが、
蘇芳は学院を天とし、マユリが今いるのが地だと考えている。

とするなら、学院の地下で生活しているという説も、そう的外れだとも思えない。

マユリが春篇パンフで制服を着ていて“見つけてくれた”と言う事、
夏篇パンフでえりか達とダイニングルームに居ると解釈され得る事(えりか達に認識されているかはさておき)、
夏篇ヨゼフ座で人影が見られた事、
秋篇エクストラ(蘇芳視点)での墓と春篇パンフの墓はおそらく等しい事。

これら四つから、マユリは学院に居ると結論される。




考察五:


・もう一人のフックマン、“損なわせる”という表現について。



夏篇エクストラより。

おそらくは、血塗れメアリーの儀式――三年生が一度に辞めたという
出来事の際に疑問に思ったのだろうと結論づける。

彼女自身が調べていたと言っていた。
だが、尻尾は掴めど何の行動も起こさなかった。

いや、起こせなかったが正しい。 私の推論が正しいなら、
彼女が大切に思っている者を損なわせる行為だから。

 

蘇芳 「碧身のフックマンはバスキア教諭の前にも現れていたのです」

私が“始まりのフックマン”であり、その後現れた“フックマン”は
肝試しに訪れた生徒たちであるからだ。

その中に、わざわざ教諭の前に現れて驚かすようなフックマンはいない筈だ。

 

蘇芳 「私は、この件はフックマンという怪異を隠れ蓑にした者の犯行だと
    思っています。 そしてその者がマユリを損なわせた


“損なわせる”というのは、学院にいられなくなる事を示している。
(考察四までに述べたように、地下にいる可能性もあるが)

春篇において譲葉は当初、真実の女神については言及しなかった。
ウェンディゴ、シフター、メアリーの三つのみ。
だが、ネリーは真実の女神についても口にした。

メアリーをきっかけとし真実の女神について接近、そして学院の真実を知り、危険へ至る。
故に、真実の女神については知っていながらも話さなかったのだと思われる。
ネリーは学院の真実にまでは至っていない? メアリーの儀式で感じた“親密な空気”が示すものとは?

学院の真実を知り、何らかの行動を起こすと、損なわれる事になる。
譲葉の場合はネリーが損なわれる事になり、マユリの場合は自身が損なわれた。
その行動とは、同性愛を認めない事に対する抗議か何かか。




考察六:


・アミティエ三人制の理由



三人制に変える事によって、一人があぶれる事になる。
それを理由に、学院側はアミティエの再編を行う事が正当化される。

二人制の場合、恋人として関係を進展させていった事を、
アミティエとして親交が深まっただけと言われれば、学院は問題とする事が出来ない。

アミティエ内における恋愛関係以外に関しては、
個別に対処していけばいいと考えているものと思われる。
その理由は、恋愛関係になった者の多くが、おそらくはアミティエであった為と推測されるからである。

無論、アミティエを再編したところで、必ずしも恋愛関係の解消に至るわけではないだろうけれど。

一度に多くの人間が学院を去らない限りは、違和感を持たれる懸念はなく、
学院の運営に支障を来す事はないものと思われる。


春篇chapter8の面談にて。

ダリア 「今年になって三人一組になったでしょ?
     例年二人きりでも問題は出たの。
     だから何かある前に対処をしないといけないのよ」

私がこの学院にてアミティエ制度が三人だと
聞かされた時に思ったことそのものだ。


蘇芳 「問題です、か? あのそれは何が……」

ダリア 「……本当は生徒に話すことではないのだけど、
     軽いいざこざのようなものがあるそうなの」

負の言葉に、ずくりと胸が嫌な音を立てた。


蘇芳 「それって本当ですか……?」

ダリア 「あ、ごめんなさい深刻な話じゃないのよ。
     喧嘩をして少し口を利かないだとか……」

     「そういう場面を寮のスタッフの方が見たらしいの」

本来秘匿しておかなくてはならない情報源を言ってしまう。

寮の人たちがそういった側面を持っているのは
公然の秘密のようなものだったけれど。

それとね、と眉根を寄せるバスキア教諭に、何でしょうかと尋ねた。

ダリア 「もう一つは――私のクラスで
     お付き合いをしている生徒がいるそうなの。それも問題だと思うのよ」


蘇芳 「それは……」

落ち着きつつあった心臓がごとりと重く動き出す。

ダリア 「女学院ということを考えれば、
     それほどおかしなことではないかもしれないわ」

     「でも今年から始まったアミティエ制度のことを考えると、
     看過できないことだと思うの」

心臓が早鐘を打つ。


蘇芳 「何故……ですか?」

ダリア 「今までもアミティエ同士寝食を共にするのだから、
     そういうことはままあったわ」

     「学院側も賛成はしないけれど、罰を与えるようなことはしなかった……」

     「でも今年から変更されたアミティエ制度では、
     問題が起こるとカウンセラーの先生が仰ったの」


上で“それも問題”と言っているが、実際のところ、それ“が”問題なのだろう。


春篇chapter8の面談前より。


蘇芳 (まぁ先生たちはプロだから、態度で分かるのかもしれないけど……)

アミティエ同士が文字通り――“仮初め”に仲良く振る舞っていても、
おそらく見抜いてしまうのだろう。


考察三で軽く触れたが、生徒が恋愛関係にあるかどうかについても、
教師による面談や、寮のスタッフが目を光らせている事によって判断されるのだろう。
蘇芳と立花の交際宣言では、恋愛関係ではないと見抜いていた。



・学院側(庇護者)の思惑


名家のお嬢様とは畢竟、結婚(家と家を結びつける為)の道具に過ぎない。
同性愛を認めるわけにはいかない。そしてそれは神の教えに反している。

このように学院側(庇護者)は考えていると思われる。


春篇chapter5より。

神は男のために、宗教は女のためにある ―コンラッド 『ノストロモー』


つまり、男性の都合を神の教えとし、女性にはそれを信じる事で幸福になれるとする。

庇護を受け入れる事で、女性は不自由の無い暮らしを与えられる。
特に上流階級ではそれが顕著だろう。

(女性読者は色々と反論したい事もあるだろうけれど、
ここはそういった問題について議論する場ではない故、軽く聞き流して頂きたい)

春篇chapter2より。

長らくキリスト教では“女性”という性はないものとして扱われていた。

父と子。 この中に“女性”は含まれないものとして。


ミステリィの道具にする為だけでなく、カトリックにおける男性原理を象徴する為に
これらの点について触れたのだと推察される。




考察七:


・方喰寮長について



譲葉が庇っている者(殴打事件犯人) = ダリアが庇っている者(もう一人のフックマン)
であると、推測可能である事を以下で示す。


春篇chapter7における譲葉殴打事件の犯人、
夏篇chapter5におけるもう一人のフックマン。

これらは、どちらも同一人物であると推理される。
その根拠としては、下記の通りである。

<譲葉が庇っている者 = 殴打事件犯人>
温室 ⇌
方喰寮長

<もう一人のフックマン = ダリアが庇っている者> ⇌
<ダリアが庇った者 = ウェンディゴ事件犯人 = 方喰寮長>

(ここでは、⇌……関連があるの意)

つまり、殴打事件と方喰寮長は、温室(園芸部、ガーデニングの授業、ダリアの趣味)を媒介にして繋がっている。
同様にして、もう一人のフックマンと方喰寮長は、<ダリアが庇う>という事象を媒介にして繋がっている。

故に、譲葉が庇っている者(殴打事件犯人) ⇌ ダリアが庇っている者(もう一人のフックマン)が成立する。

単純過ぎるが、“庇う”という点だけに着目しても結果自体は変わらない。



ただ、殴打事件も方喰寮長によるものだとすると、
秋篇で譲葉が何らかの言及を行っていないのが気掛かり。

というのも、ミステリィの真相をプレイヤーに明かさないようにする為に、
不自然な形で譲葉の内面描写(独白)を削ったように思えるからである。

譲葉が殴打事件犯人を庇っていて、物語の構造上それをプレイヤーに明かすわけにはいかないが、
やはり自己投影の観点から考えると、ミステリィという本作コンセプトが各篇で本作品に与えた疵(きず)は無視出来ない。
(疵の無い作品というものは存在しないし、本シリーズが“玉”である以上、
他の多くの作品より遥かに魅力的である。本作は百合だが、刺があっても薔薇は美しい)

春篇chapter7より。

えりか 「とにかくさっさと行こうぜ。 この時間、寮監は
     バスキア教諭の趣味に付き合っている時間だからな」

マユリ 「ダリア先生の趣味って?」

えりか 「自分と同じ名前の花を育てているんだよ。 ダリアさ。
     笑えるだろ。 ほら、あの――温室の、林檎の木の側にあるやつだよ」



夏篇chapter4より。

千鳥 「……ガーデニングの授業は方喰さんが行うそうよ」

えりか 「……寮長か、そういやバスキア教諭とダリアの花の
     品種改良を手伝っているとか言ってたものな」

以前自分が聞き出した話だが、たった二ヶ月程しか
経ってないというのに随分前の話のような気がする。





考察八:


・黒幕について


以下の引用にあるように、モンタージュ的な解釈は不要らしい。

とするなら、考察一で挙げた事を筆者はやはり結論とする。

つまり、絵が示すものは黒幕であり、それは庇護者である。
そして、庇護とは生徒に対する学院の庇護であり、
それを代表する者として学院長が黒幕である、と考えられる。



夏篇chapter5より。

えりか 「お前が必要だったのは絵の中に秘密が
     隠されていた絵画だけだった。 だろ?」


蘇芳 「…………」

(略)

えりか 「上手だよな。 あいつマジで絵の才能があったんだな」


蘇芳
「ええ……」

幼子を見詰める母親のように絵画を愛でる。
だが――

それほど大切ならば、何故この二つとも持ち去らなかったのか。

此奴は絵に興味がない。 白羽が観ているのは絵の先の匂坂だ。

(略)


蘇芳 「私が持ち去った絵は、幼いキリストを抱く
      聖者ヨゼフの絵画だったわ。 そして、その絵の中に
      マユリのメッセージが込められていたの」

(略)


蘇芳 「マユリからのメッセージは……」

えりか 「分かってる。 まだ言えないんだろ」






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